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 吹かせ柳川旋風・3年ぶり甲子園 活動自粛 チーム変えた感謝の心

活動自粛期間を経て、チームは生まれ変わった
 「このチームは、本当に打てんやった。変わったのは、つい最近なんです」。全国高校野球選手権大会の県代表となった柳川高校。末次秀樹監督は、今となっては意外なチームの過去の姿を、そう振り返る。
 春先の練習試合や九州大会県予選。そのころのスコアブックには、1試合で3、4本の安打しか記録されていない。チームの記録係、篠原亮君(3年)は「打線にまったくつながりがなく、点が取れなかった」と、監督の言葉を裏付ける。
 そんなチームが、ある時期を境にひょう変した。

 ◆ボールを握れず◆
 5月、部内の暴力行為が明らかになり、チームは活動を自粛した。
 全体練習をしないだけではない。選手個々人が学校の施設を用いて行うトレーニングも同様に封じた。ボールを握ることさえできない。
 90人の部員は、全員でひたすら校内外の清掃など奉仕活動に取り組んだ。野球をすることが当然だった日常から一転した日々。みんな無口になった。猿渡陽平主将(3年)は「夏の大会は目前。チームはどん底だった」と振り返る。
 練習が再開されたのは6月の末。福岡大会南部予選の開幕まで、残り1カ月を切っていた。
 その間、寸暇を惜しむように組まれた対外練習試合は計10ゲームを数えた。選手たちはそこで、「1試合に8点以上を奪えるチームに生まれ変わっていた」(末次監督)。その原動力を、猿渡主将は「活動自粛期間中に芽生えた、野球ができることへの感謝の気持ち」と言い切る。

 ◆成長遂げた4番
 練習再開後、グラウンドに戻った選手たちには気迫があふれていた。部としての練習は、放課後約3時間。それに加えて午後9時半までの個人練習が認められている。だれもが勘を取り戻そうと汗を流した。
 中でも、チームメートが「びっくりするぐらい頑張ってた」と称賛するのが、4番打者の松尾浩平選手(3年)。学校行事のため練習場が資材で埋め尽くされたときでも、わずかなすき間を見つけて練習に励んだ。
 「バットを握れず不安だったので、練習再開がうれしくて…。少々、場所が悪くても、バットを少しでも多く振っていたかった」と松尾選手。
 生まれ変わったチームは、福岡大会で快進撃。準々決勝まで5試合29イニングで計50得点という破壊力を見せつけた。
 ところが準決勝の対東筑戦では、相手エースの好投に打線は沈黙。じりじりした展開で迎えた四回裏、先頭打者として登場したのが松尾選手。放った一打は本塁打。それが決勝点となった。
 「あの試合こそ僕の理想。甲子園では東筑戦のように、1点をめぐる攻防になる。その1点は4番松尾が取るべきもの」と末次監督。打てないチームだったころ、スタメンを外されたこともある主砲が、活動自粛という忍耐を糧に成長、期待に応えてみせたのだ。
 苦難を乗り越えた団結力が光る柳川ナイン。3日、初戦の相手が決まる。きっと旋風を巻き起こしてくれるはずだ。


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